地质环境长期安定性関研究(2).pdf
地質環境の長期安定性に関する研究 長期安定性研究に係わる年代測定技術開発の現状と展望(その1) タンデム型加速器質量分析計(ペレトロン)を用いた年代測定技術開発 -1mg の炭素でわかる過去のイベント- 独立行政法人 日本原子力研究開発機構 地層処分研究開発部門 東濃地科学研究ユニット 自然事象研究グループ 齋藤 龍郎 1.はじめに 1.はじめに 地質環境の長期安定性に関する研究では,地震・断層活動,火山・地熱活動,隆起・侵食,気 候・海水準変動等の自然現象が,将来の地質環境に与える影響の程度や範囲を調査・評価するた めの技術開発を目指している。特に,変動シナリオによる安全評価においては,将来の地質環境 の変化を考慮することが重要となる。そのためには,過去から現在までの地質環境(熱,地下水 理,力学,水質等)の変動の程度と時期を把握することが不可欠となる。特に,10 万年程度の期 間の安全性を示すためには数 10 万年程度の過去の現象の履歴をできるだけ精度良く把握するこ とが求められる。したがって,その基本的データを与える年代測定技術を整備することは重要と なる。東濃地科学センターが進めている年代測定の技術開発には,希ガス用質量分析計を用いた U-Th/He 法(ウラン・トリウム・ヘリウム法)と,タンデム型加速器質量分析計(以下,ペレ トロン)を用いた 14C 法(炭素-14 法)等があるが,ここでは後者について紹介する。 ペレトロンによる 14C 年代は,植物,土壌,貝,地下水等,様々な生物起源の極微量な試料に よって測定することが可能であり,活断層の認定や噴火史の編年,遺跡の年代等の幅広い分野に 活用されている。しかしながら,年代値を決定するためには,試料独特の補正が必要な場合があ り,試料採取,前処理,測定および評価までの一連の年代測定技術が必要となる。東濃地科学セ ンターでは, 平成 9 年にペレトロンを導入し, これらを用いた年代測定技術の整備を進めている。 2.ペレトロンによる年代測定で分かること 2.ペレトロンによる年代測定で分かること ペレトロンで実施されている炭素同位体の分析では,1mg 程度の炭素試料があれば年代を測定 することができる。生物等に含まれる炭素全体のうち1兆分の1だけ含まれている 14C は,呼吸 等により大気と炭素の交換を繰り返している間は一定であるが,死ぬと外界との炭素交換が行わ れなくなり(閉鎖系になる) ,遺体に含まれる 14C は,放射壊変により一定の割合で減衰していく (元の量に関係なく 5730 年で半減する)性質がある。これを利用して,試料に含まれる 14C と現 代炭素標準試料との比(現代炭素比)を測ることによって,植物や土壌等の有機物が,生命活動 を停止してから経過した時間を見積もることができる。 例えば, 炭になった木片が地層中から見つかると, その木がいつ焼けたかがわかる。 そのため, 火山噴出物中に含まれる炭化木の 14C 年代は, 木が焼けた年代, すなわち, 噴火年代を意味する。 また,津波堆積物中の貝殻や,断層によって変位を生じている鍵層中の有機物等の 14C 年代測定 を行えば,津波の発生時期(海溝型巨大地震の発生時期)や断層の活動時期等も明らかにするこ とができる。 14C 年代測定には以上のように利点が多いが,放射壊変を利用した年代測定では,遡れる年代 がそれぞれの元素の持つ半減期の 10 倍程度であり, 14C 年代では 5 万年前後までとなる。 そこで, 他の元素を利用した年代測定技術の整備も必要である。例えば,約 150 万年の半減期を持ち,岩 石の年代や侵食速度の推定に応用できるとされる 10Be 法(ベリリウム-10 法)や,約 30 万年の半 減期を持ち,地下水年代への応用が期待される 36Cl 法(塩素-36 法)による年代測定では,10 万 年~数 100 万年前までの年代測定が可能となる。このため,現在,ペレトロンを利用した 10Be 法 や 36Cl 法の年代測定技術の整備も進めている。 3.3.14C 年代測定と安定同位体分析による地下水流動の推定 年代測定と安定同位体分析による地下水流動の推定 ペレトロンによる 14C 年代測定の結果は,安定同位体等の他の地球化学データと組合わせるこ とにより,地質環境特性に関する研究にも貢献できる。一例として, 14C 年代測定と酸素・水素 同位体分析による地下水流動状態の推定方法を紹介する。 (1) 地下水を採水し, 安定同位体質量分析計およびタンデム型加速器質量分析計用に前処理。 (2)試料の水分子中の水素同位体比(D/H) ,酸素同位体比(18O/16O)および炭素同位体比, (13C/12C)を測定。 (3)タンデム型加速器質量分析計により,炭素同位体比(14C/12C 比)を測定。 ここで,安定水素・酸素同位体比からは,地下水の起源が推定できる(例えば,天水,マグマ 水等) 。瑞浪超深地層研究所のボーリングから採取した地下水は,水素・酸素同位体比を測定した 結果,酸素同位体比に顕著なシフトは認められず,Craig(1961)1の天水線(global meteoric water line)上にプロットされることから,この地下水は天水起源と推定されている 2。また,地下水中 の二酸化炭素(天水の時点で取り込んだと考えられる二酸化炭素)の 14C 年代からは,地下水の 滞留時間に関する情報を得ることができ, 地下水の流動速度の推定にも活用できる可能性がある。 但し,流動中の 14C を含まない古い炭素(dead carbon)の混入や地層との化学反応による影響の ために,安定炭素同位体比で年代を補正することが必要となる。東濃鉱山の地下水試料では,滞 留年代は長いものでは 16,000 年と推定されている 3。また,瑞浪超深地層研究所の地下 600m 付 近で採取した地下水試料には,滞留年代が 5 万年を超えると推定されるものも認められた。 4.まとめ 4.まとめ 年代測定技術は,地質環境の長期安定性に関する研究に係わる天然現象のイベント年代の推定 のみならず,地下水流動等の地質環境特性に関する研究にも貢献できる。今後は,侵食速度の推 定に応用できるとされる 10Be法や地下水流動への応用が期待される36Cl法等に係わる年代測定技 術の整備を引き続き進めていく。 参考文献 参考文献 1 Craig,H.,1961 Isotopic variations in meteoric waters. Science, 133, pp.1702-1703. 2 Iwatsuki et al.,2005 Hydrochemical baseline condition of groundwater at the Mizunami underground research laboratory MIU, Applied Geochemistry, 20, pp.2283-2302. 3 岩月他 (1999) 14C 同位体による地下水流動状態の推定, サイクル機構技報, No.4, pp.93-100.